ログイン「なにかしら」
わざとらしく髪をかきあげて俺を冷めた目で見るオリヴィアに、俺は内心、苦手なんだよな……とまた思ってしまう。
それは、ニコラの感情の記憶だ。どうしても引きづられてしまう。
「同じ隊員になったわけだしさ。昔のこと、謝っておこうと思って」
「……謝られる覚えはないけど」
「あの頃の俺は幼くて……オリヴィア嬢にとっては、馬鹿みたいな会話をする俺たちを見たり、その輪に混ざったりするのは苦痛なんだろうって、そう思ってたんだ」
「…………」
幼い頃のオリヴィア。
『そんな遊びをするなんて、はしたないもの』
『品性を疑われるようなことはしないの』
『見つかったら叱られるじゃない』
彼女はいつもそう言って、俺たちを遠巻きに見るだけだった。『人が来ないか見張っていてあげるわ』と、わざと輪から離れることもよくあった。
親に言われて仕方なく付き合っているのだと、当時の俺は思い込んでいた。だから彼女を気遣うつもりで、両親に「もうオリヴィアは誘わないでほしい」と言ってしまったのだ。突然誘われなくなったことに、オリヴィアも勘づいていた。それが彼女の心の傷になっているなんて、ゲームをプレイするまで、俺――ニコラは、知る由もなかった。
「今ならさ、分かるんだ。傷つけたかもしれないって」
「……ふん、あなたも少しは成長したようね」
「あの頃はごめん」
ニコラの記憶と俺の記憶が融合し――、謝らなければとこの半年間、ずっと思っていた。オリヴィアも楽しめる遊びを提案すればよかったと、今の俺になる前のことなのに後悔し続けた。
俺の中には、今までのニコラもいる。前世とは違う自分、新たな人生を歩んでいるんだと感じる。
「バカな会話ばかりするあなたたちに付き合うのは苦痛だったからいいのよ。むしろありがたかったわ」
「オリヴィア嬢……」
「苦手なのは確かだもの、よかったの」
強がりだ。分かってはいても何もできない。
「少しは王子様らしくなったようねと言いたいところだけど……年頃の私が殿方と二人きりでいるのはよくないわ。すぐに戻ってくださる? ここは旧校舎だけれど、誰かに見られないとも限らないわ」
「あ、ごめん」
「それに、大事な婚約者がこちらを覗いているわよ」
「え!?」
後ろを振り返ると、慌てて曲がり角に隠れるラビッツの姿が――。
「な、なんで」
「以前はリューク様にご興味があるご様子でしたけど、今は違うようね」
「え?」
「ほら、早く行ってさしあげて。私はニコラ様とこれ以上一緒にいたくはないのよ」
「……ここは学園だ。プライベートでは様付けなんてしなくていいんだぜ?」
「私、品性は失いたくないの」
「そうかよ」
心の中で苦笑する。
その台詞は、ゲームでも聞いた。さっきよりも距離が近くなったような笑顔に、ほっとする。謝罪の気持ちも伝わったようで緊張もほどけてきた。
「これから、よろしくな」
「ええ、それではね」
優雅な品のある足取りで、校舎の出口から外へと颯爽と歩いていく。風に揺れてぶわりとたなびくゴールドの髪も、ゴージャスで彼女らしい。
「何を話してたの」
ラビッツが小走りで隣にやってくると、やや不安そうに俺を見上げた。俺がゲームにない行動をとったから気になったんだろう。
「昔のことを謝ってたんだ」
「……そう」
ラビッツは少しだけ哀れむような目をして、小さくなっていくオリヴィアの背中を見送った。
「……ゲームは、全部クリアしたのか?」
オリヴィアの心の傷を知っているのか、という質問だ。
「したわ。男性向けだけど、ここのメーカーのゲームだけは好きだったの」
「そうか」
女性もとっつきやすい泣きゲーを量産するメーカーだからな。ただ、泣けるということはラストで……。
「ここはゲームと違って、いきなり時間が何日も過ぎたりはしないのよね」
「ああ。ゲームでは起きなかった事件もいくつも出てくるだろうな。気をつけろよ」
「あんたこそね」
やっぱり転生者同士ってのはいいな。多くを語らずとも分かりあえる。
「なぁ、よかったのか? 入隊したらもう、リュークからの説得イベントが起きないぞ?」
「……私がいない間に色々とイベントが起こるじゃない。参加できないのはつまらなさすぎよ」
「確かに見たいか……」
「当然!」
「それなら、どうして最初に断ったんだ?」
「うっ……」
なぜそこで言葉に詰まるんだ。
「ゲームのシナリオ通りに進めたいんじゃなかったのか?」
「と、咄嗟にゲーム通りにしようかと思っちゃったのよ。迷うとやっぱり、そっちを選ぶわよね」
「まぁ、安心感はあるよな。先を知っているという」
「そうなのよね……迷子になったら、必死に知ってる道を探すでしょう? そういうものよ」
迷子体質なのか?
それは、ラビッツにはなさそうな特徴だな。前世での話か。
「確かに、知ってる道は心強いな」
「でしょ。分かりやすい出口が見えてるなら、そこに向かっちゃうのよ。……抗いたい時は抗うけど」
このゲームのラストを思い出しているのだろうか。
この世界を俺と同じくらい知っている存在がいるのはやっぱり心強い。まだ彼女と過ごした時間はわずかなのに、誰よりもラビッツと一緒にいると安心する。
「やっぱり俺、ラビッツとずっと一緒にいたいな」
「……あっそ」
顔を少し赤くしてそっぽを向く彼女に、なんだか胸がそわそわした。
――ピコン。 スマホの通知音が鳴った。 心臓が跳ねる。通知のアイコンには、小さな「①」。……ダイレクトメッセージだ。 誰からだ? フォロワーはまだ十人もいないのに。 俺がSNSを始めて三日。 名前は『転生人』。バナーには『平均身長を超えた』とデカデカ書いておいた。実際に今の俺の身長は、平均を超えている。これはもう間違いなく遺伝の影響だろう。親に感謝だ。 アイコンは、さっき変えた。 ウサギのフリー素材にしていたものの、オリジナルの「平均身長を超えたTシャツ」が届いたからだ。それを写真で撮ってアップした。 プロフィール欄には、いかに俺があのゲームを愛しているかを熱く語り、最後にこう書いた。 「こちらはニコラ×ラビッツを愛でるためのアカウントです」 昨日、『#今日も可愛い俺の嫁ラビッツ』というハッシュタグをつけて、二コマ漫画を投稿した。 一コマ目には「俺、もう我慢できないんだ!」と叫ぶニコラ。その背景に「キスしたいキスしたい」と心の声を並べた。二コマ目には「婚前交渉は駄目だからっ!」と真っ赤になって慌てるラビッツ。 憂いが晴れ、明るい未来を誓い合った、あの日のひとときだ。 もちろん、固定にした。 俺がかつての記憶を思い出したのは偶然だ。たまたまあのゲームのイラストを目にしたから、プレイした。あれを見ていなかったら何も思い出せないままだった。 今の彼女に偶然会えたとしても、俺のことを覚えていない可能性の方が高い。そのまま、すれ違ってしまう。 もし思い出してくれたなら――、俺との再会のきっかけになりますようにと。そう願って、アカウントを開設した。 震える指で、画面をタップする。 ▷はじめまして。漫画、見ました。私はあのゲーム、もう一つのアナザーストーリーがあってもいいと思っています。リュークとセイナが結ばれる未来。あなたは、その未来を知っていますか? 読んだ瞬間、頭が真っ白になった。「……ラビッツ……?」 名前を呼んだ途端、涙がぶわっと溢れた。必死に拭っても止まらない。 震える指で文字を打つ。▷知っています。セイナは天に還ったあとにもう一度あの世界へと現れ、ラビッツがセイナを義理の妹にしてくれて、彼らは結婚した。 すぐに、返事が届く。▷ニコラが動いてくれたから。「ラビッツだ!!!」 思わず叫んだ。 胸
私がおばあちゃんの歳の離れたお姉さん――という関係の親戚の家の片づけを手伝うことになったのは、偶然だった。 高校に入る前の春休み。親戚が集まって、古い家の荷物整理をしていた。「あの子の部屋は二階の突き当たりらしいわ。行ってらっしゃい。私たちはまず、一階を片付けるから」「……うん」 おばあちゃんのお姉さんは、もう八十歳後半。家事をしによくその息子夫婦――つまり私のお母さんの従兄弟とその奥さんがここに来ていたらしいけど、施設に入ることが決まった。旦那さんが入っている施設に空きが出たので、そこで一緒に過ごせることになったらしい。 さっき布団で横になっているそのおばあちゃんに挨拶はしたけど、「元気かい。むかぁし、一度会ったことがあったね。今日は来てくれてありがとね。元気かい。むかぁし一度会ったことがあったね」と同じ話を何十回も繰り返していた。 一番、何度も繰り返す話は一つ。「颯太のね、漫画とか持ってってやって。大事にしてたんだよ。大事にね。でも颯太は男の子だからね。好みが違うかもしれんね。そしたらあの子にあげるからあの、あの――、助けた子にね。トラックから守ってやったんだよ、颯太がね。颯太のね、漫画とか持ってやって。大事にしてたんだよ」 その言葉を、何度も、何度も、涙をこぼしながら繰り返していた。私は黙って頷くことしかできなかった。 気持ちが重いし、遺品だと思うと正直あまり持って帰る気にはなれない。お母さんから「生きていた時のあの子の痕跡を残したいって気持ちが強いみたい。一冊でも選んでくれたら、たぶん気が済むと思うから」と説得されてここに来た。お母さんの従兄弟の子供はもう成人しているし、家も近いからという理由で、私にその役目が回ってきたというわけだ。 トントンと階段を上り、二階の部屋へ。 扉をギギィと開ける。 静かな、少し埃っぽい空気。 机の上には古そうなタブレットや勉強道具。 クローゼットには、学校の制服。「……本当に、そのままにしてたんだ」 どこか、懐かしい匂いがした。 理由は分からない。本の匂いかもしれない。なぜか胸がざわついた。 たくさんの漫画がギッシリと本棚に入っている。古いパソコンも置いてある。すぐ横には、ヘッドホンとゲームと、その設定資料集……? その表紙を見た瞬間――胸がドクンと鳴った。『星が空へと昇る世界で 〜L
春休みも残り一週間。 俺――白石|晴真《はるま》は、鏡の前で決意を固めていた。「よし……高校デビュー、完璧に決めてやる!」 笑顔の練習、髪のセット、完璧だ。本番もこの調子でいこう。……なぜか母さんが廊下から覗いている。「晴真、今日はどこかに行くの?」 「行かない。これから惰眠を貪るところだよ」 「そう……。さすがに入学式では整髪料をつけないでよ」「最初が肝心なのに」「まったく。お母さんの椿油を貸してあげるから」「仕方ねーなー。入学式はそれで我慢するか」 ばばくさい。と思っても言わない、やさしい男なのだ、俺は。 ――ガチャリ。 玄関の扉の音がする。「おーい晴真。大量の漫画をもらって来たぞー」「やったぜ」「あら、惰眠を貪るんじゃないの?」「漫画のが大事だ」 父さんは昔、幼い頃にトラックにひかれそうになった。それを男子高校生が助けてくれたという。その人は亡くなり――、毎年、父さんは線香をあげに行っていた。そのご両親も高齢になり、家を処分することになって、「あの子の遺したものを息子さんに」と譲ってもらったらしい。 遺品だと思うと少し怖いものの、漫画は読みたい。読み終えたら、父さんの部屋に置いといてもらおう。「まだまだあるぞ。車に積んである。一緒に運んでくれ」「マジか」 漫画好きの男子高校生だったのかもしれない。目の前で小さな子がトラックにひかれそうになっていたとして、俺に助ける勇気は正直、ないと思う。 漫画好きの、すごい人だったんだな……。 しばらく父さんと一緒に段ボールを運び込み――。「すごい量だな……」「お前の春休みが潰れるな」「望むところよ!」「特に面白いのは、父さんに教えてくれ。読みたいからな。あ、汚すなよ」「もちろんだよ。化けて出られたら困る」「……化けて出てくれたら、お礼が言えるんだけどな」 父さんの声が少しだけ沈む。 今のは失言だった。「申し訳ありませんでした」と心の中で父さんの命の恩人に謝る。それから、早速ひょいひょいとカッターナイフを持ってきた。「……開けてみてもいい?」 「まったく、開ける気満々だろう。いいぞ」 テープを切ると、やや黄ばんだ漫画がぎっしりと詰まっていた。折れもなく状態はいい。几帳面な人だったんだろう。 うむ。これはいい品揃えだ! 読んでみたかった昔の大ヒット作が
授業も始まり、セイナがいるのも当たり前となり、日々の流れが少しずつ落ち着いてきた頃。俺とラビッツは湖へと足を向けた。 春の光が水面に反射し、柔らかな風が俺たちを包む。二人だけの静かな時間だ。誰かが来てもいいように、木陰で人目を避ける。「ラビッツ、ありがとな。いろいろ」「なによ、あらたまって」「たくさん助けられたなって」「そんなの……私だって」 ラビッツの左手の薬指には、いつも通り俺のあげたビーズリングがはめられている。決して高価ではないのに、大切にしてくれているのを感じる。「手、繋いでいいかな」「……っ、皆の前では繋がないんだからねっ」「分かってる」 俺がどうしてここに来たか。 それは、秋から一度もしていないキッスをしたいからだ!!! と、叫びたいけど叫べない。 ムードづくりゼロ点と言われるのが目に見えているからな。一応、木陰まで来るのも拒否はされていないし、俺の気持ちを察してくれている……のかもしれない。「ほんとに感謝してるんだよ。今を迎えるために、ラビッツにはたくさん支えてもらった」「……あんた、よく泣いてたもんね」「涙腺弱いんだよ! 悪いかよぅ」「私も弱いし。悪くはないわよ」 リュークとセイナが想いあっていることに気づいてから、どうしても耐えられず……ラビッツと一緒にダンスを練習したあの部屋で、実はよく泣いていた。俺が「あとから寮に戻るよ」と言って離脱するとラビッツもついてきて――、一緒に泣いていた。 はー……、かっこ悪い。 いや、ここでしょぼくれてはいけない。そう、今こそムードづくりをすべき時なんだ。「俺、もうほんとに何度も何度もラビッツのことが好きだと思って。暗くなりそうな時にも明るい気持ちにさせてくれるしさ」 ラビッツの顔がだんだんと赤くなる。「笑った顔も、怒った顔も、拗ねた顔も、全部大好きだ。全部愛しているんだ」「う、うん」 ラビッツの両肩に手を添える。「ほんとにさっ、すごくすごく好きでっ……」 我ながら語彙力が消え失せている自覚はある。可愛いラビッツを見ていると、頭がおかしくなる。「ずっと我慢してた。今はそんな時じゃないって。先のことを考えて辛かったのもあるけど、やっぱりラビッツのことが好きだから何もしないのも辛くて」 語彙力皆無だな!? 気持ちは伝わってると信じよう。「ま、待って。落
「それでは、あらためましてセイナちゃん、戻ってきてくれてありがとうございます!」 ルリアンの言葉に皆がわーっと拍手する。 今は始業式が終わり、パトロール隊の部屋へと皆で集まったところだ。 始業式のあとは、セイナはしばらく身動きが取れなかった。あっという間に生徒たちに囲まれて、泣きながら抱きしめられたり、手を握られて質問攻めにされたり。「ただいま」と笑って返すセイナの姿に、あぁ、本当に戻ってきたんだと誰もが実感していた。 そして今。 セイナは再び、仲間たちと共にここにいる。「ありがとうだよぅ。皆待っててくれて、安心しましたっ。それに、授業も履修登録されていてびっくりです」 選択した履修登録表は、全員がさっき受け取ったばかり。ルリアンと同じ授業がとれるように、俺が休み前に学園へ頼んでおいた。 授業は明日からだ。「もうっ、また丁寧語に戻ってるわよ。緊張しないで」 ラビッツもにこにこと嬉しそうだ。「うぎゅぅ。実は少し記憶にあやふやなところがあって……だから緊張するの。皆のことが大好きって思いは強いんだけど」「はわわ。じ、実は私もです。セイナちゃんが大好きって気持ちは強いんですけど」「……私もそう」「にゃーは結構覚えてるにゃん。ただ、オリヴィアにゃんは……」「ええ。残念ながら、私も記憶にあやふやなところがあるわ」 やっぱりそうか。 思念品の場合は、本来もうなかったものだからか、そのもの自体の記憶は浄化するとあやふやになる。俺も、ラビッツとのラッキースケベなアレコレの記憶は鮮明に覚えているものの、ベッドの色や形は既に朧げだ。 思念品ではなく思念体側も、そうなのかもしれない。 ただ……セイナのことを俺はまだ鮮明に覚えている。ラビッツも、何も言わないということは覚えているのだろう。理由は分からない。この世界とは別のところで彼女を知っていると、そうなるのだろうか。 リュークが穏やかに笑った。「ま、これからいくらでも時間がある。忘れられない思い出を、また一緒につくっていこう」 その一言に、ふわっと皆に笑顔が広がった。 ここにいる。 また、皆でいられる。 その実感が、じんわりと部屋を満たした。「初日だし、セイナは二人きりになりたいんじゃない? 遠慮なくイチャイチャしてきていいよ」 ベル子が天井を指さした。 屋上でってことだな。「
少女は、突然そこへと降り立った。まるで長い夢から、やっと目を覚ましたかのように。「ここは……?」 かつて、約束を交わした場所。 少女はその外にいた。 決して出られなかったはずの、門の外側に。 ふと胸に手を当てた。 鼓動が聞こえる。 懐かしい命の息吹が、そこにある。 ——みんなが、呼んでいる。 少女を縛っていたはずの門。 その向こう側には、光がある。 皆の笑顔が。 楽しかった時間がそこにある。「行かなきゃ」 一歩、また一歩。 少女は駆け出した。 髪が風に舞い、真新しい制服の裾がひるがえる。春の空気が、やさしく頬を撫でた。 校舎が見えてくる。 鐘の音が響く。「——待ってて」 みんなはいるだろうか。 わずかな不安と期待。 息を切らしながら、涙が滲む。 ――会える、会える、また会える! 少女は走り続ける。 薄い水色のツインテールを左右に揺らしながら。黄色いリボンをぴょんぴょんと跳ねさせて。「セイナ・ラミエルさんですか」 やや興奮した様子の職員に話しかけられた。「は、はいっ」「ホールで始業式が行われています。着きましたら、そのままお入りください」「はいっ! ありがとうございます!」 ひたすら走る。息が切れても足は止まらない。ホールの前に辿り着くと、またも職員さんが涙ぐんだ顔で立っていた。「……セイナ・ラミエルさん、ですね」「はいっ」 職員は深くうなずいた。「行ってください。今は学園長の話の最中ですが、どうぞ遠慮なく中断していただいて結構です。そう承っています」 少女の胸がどくんと跳ねる。 ――みんな、待っててくれたんだ。 両手を胸の前でぎゅっと握る。 涙をこらえて、小さく息を整えた。「行って……きます」 少女はゆっくりと一歩を踏み出した。重厚な扉の前に立ち、取っ手に手をかける。冷たい金属の感触が、今この瞬間が現実なのだと伝えてくる。 小さく呟く。「——ただいま」 扉を勢いよく開いた。 目を見開いた生徒たちの視線が、その少女に注がれる。学園長が言葉を失い、そして――、「セイナッ!!!」 リュークの声がホールに響いた。 誰もが道を開け、リュークは彼女の元へ一直線に向かう。 ――どれほど、この瞬間を夢に見ただろう。 何度、届かない空を見上げただろう。 今は見えないその光を探すよ